BIOGRAPHY

Solongo Otgonkhuu

 モンゴル人民共和国(当時)の国家特別警備局運転手の父、靴裁縫工場で働く母のもと、 4人兄弟の末っ子として生まれる。6歳ごろから自分で作詞作曲をはじめ、7歳でモンゴルの芸術家養成の12年制一貫校である国立音楽舞踊学校にピアノ専攻で入学。8 歳のときに両親にせがんで中古ピアノを買ってもらい、さらに音楽に熱中。そのころには、モンゴル国営ラジオ・テレビ局の子供音楽グループ「ZUL」に、ピアニスト兼歌手として参加(11歳ごろまで)。

 1993年8月に東京都立川市で行われた「世界こども音楽祭」にモンゴル代表に選ばれ、初めて飛行機に乗って海を越え、来日。病気になった母親のために作った曲「おかあさん、いつまでも生きていてね」で、グランプリに輝く。当時12歳だった。帰国後、外国で優勝し、モンゴルの名を世界に知らしめたとして高く評価され、国からマンションを供与された。

 その後、日本での歌手活動のオファーがあり、当初両親は反対したが、本人の意志は固く、単身で日本での活動を開始。なお、病気だった母は現在でも元気一杯。

1994年、東芝EMIから同曲のシングルCDをリリース。同年、フジテレビ「ポンキッキーズ」に出演、楽曲「わたしの家族」を提供。96年、アルバム『虹という名の少女』(プロデュース;巻上公一 東芝 EMI )を発売。NHK 『みんなのうた』に「わたしのふるさと」が取りあげられ、話題となる。

 1997年、「夢のありか(ツムラCM曲)/旭鷲山に捧げる歌」をリリース。和田誠&櫻井順プロデュースCD『またまたマザーグース』に、60組のひとりに選ばれ参加。そののち東京国際フォーラムAで同CDのコンサートが開催され、NHKテレビで放映された。

 2000年、フィリピンで開催された「アジア歌謡祭」で、自作の「Sanan zuudleh nutag」を歌い3位。同年、モンゴルでアルバム「Sanan zuudleh nutag 〜夢にまで見る故郷〜」をリリース。

 2005年、大阪音楽大学短期大学部作曲科卒業。日本の中学校教諭2種免許(音楽)を取得。その後、モンゴルに帰国し、2007年から2010年に、母校のモンゴル国立音楽舞踊学校音楽理論科で教鞭をとる。

 2009年、モンゴルでアルバム「Namaig khairlaj chadah uu 〜私を愛せますか〜」をリリース。同アルバム収録の「Az Jargaliin Duu(幸せの日)」は、長くモンゴルのテレビ番組のオープニング曲に使用され、話題となる。

 2010年6月から、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市に居住(~2012年9月まで)し、カントリーミュージックやジャズに触れる。

 2012年9月から再来日し、音楽活動を再開。ゴールデンウィークに光が丘で開催される日本最大のモンゴル関連イベント「モンゴル春祭り」に出演したほか、2014年以降、三軒茶屋のキャロットタワーでの月一回のフリーコンサート、高田馬場の四谷天窓.comfortでのライブ等に出演。

 2014年3月から2015年4月まで、世田谷 FM で「ソロンゴのSunday Night Rainbow」にメインパーソナリティとして出演。

 2017年8月から、ラジオ日本「MJMミュージックアワー」にパーソナリティーとして出演。イオンモール ( 神奈川、千葉、埼玉、茨城など10会場) に出演。9月、六本木「クラップス」でライブ開催。11月よりテレビ埼玉「演歌街道」にパーソナリティーとして月間出演。

 2018年1月、テレビ埼玉「紅白歌合戦」に出演。2月、荻窪「ルースター」でライブ開催。5月から、レインボータウンFM「夢に向かってスイッチオン」にゲスト出演。10 月から、レインボータウンFM で、「ソロンゴの風の贈りもの」にパーソナリティーとして出演予定。2018年11月にアルバム「風の贈りもの」をリリース予定。